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酒飲み親父の自分史 「昔ロックしてた俺へ」

酒飲み親父が昔の手帳を見て半生を振り返るブログ

夏のツアー(鹿児島市内観光) ~1991年8月その14~

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新型コロナのため家にいる時間が多くなった。
やることも無いので部屋の整理をしていると・・・

昔の手帳が出てきた。
1985年から2010年まで。

あの頃はスマホどころか、ガラケーも無い時代で、予定は手書きで手帳に書いていたのだ。
2010年以降はきっと携帯に予定を打ち込んだためにないのであろう。

さて、ちょっとだけ手帳のなかを覗いてみるか。

1991年、私は「伊太地山伝兵衛商会」と云うバンドに参加していた。

 

1991年
8月 1日 京都アザーサイド
8月 2日 大阪ニコチャン堂
8月 3日 神戸ステラ
8月 4日 六甲山カンツリーハウス
8月 5日 移動
8月 6日 移動
8月 7日 湯布院
8月 8日 大分ブリックブロック
8月 9日 天ケ瀬 水光園
8月10日 中津江 松原ダム
8月11日 宮崎ひまわり荘
8月12日~16日 フリータイム
8月17日 奄美大島
8月19日 加世田
8月20日 鹿児島T-BONE
フォーク系バンドは夏のツアーが稼ぎ時だ。
ん?あああ思い出した。時を戻そう。

8月13日、快晴。
鹿児島が初めての俺に、メンバーが鹿児島の街を案内してくれると言う。
宿泊している吉見さんの実家から、鹿児島市内へと繰り出した。

 

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まずは、天文館へ。
アーケードに商店が並ぶ、鹿児島一の繁華街である。

まずは、腹ごしらえだ。
近くに、おすすめのラーメン屋がある、と言う。
店の名前は「味のくろいわ」だ。

何故か、「味の」を必ず付けて呼ばなければならない。
メニューも豊富で、家族連れに人気の店らしい。
どうやら、二階席もあるようだ。
我々は、一階のカウンター席に陣取った。
皆に習って、定番のくろいわラーメンを注文した。
出てきたのは、豚骨ラーメンだった。
しかし、博多の豚骨ラーメンとは、明らかに違う。
もっと濃厚な味だった。
スープまで完食して店を出た。
外は、アーケードながら暑い。

そこで、ギターの恒ちゃん一押しのかき氷屋に行く事になった。
その店の名は「むじゃき」。

鹿児島の人ならば、知らぬ人はいない元祖「白熊」の店である。
鹿児島の人は、かき氷の事を「白熊」と呼ぶので、東京の喫茶店では通じなかった話はよく聞く。

天文館の中ほどに、その店はあった。
恒ちゃんは、大好きらしい。
食ったら、身体がムチャクチャ冷えるので、クーラーの前の席に座ってはいけないと、念をおされた。

夏の盛り、外は暑い。
しかし、店内は寒いほどに冷房が効いていた。

俺は定番の普通の「白熊」を注文した。

かき氷にしては、結構値段が高いな、と思った。

出てきたのは、フルーツが突き刺さった巨大かき氷だった。
東京のかき氷の倍はある。

周りを見ると、女性客は、普通に食べている。

俺も一口。
味は、カルピス練乳味だった。
頭が痛くなる。
なるほど、この大きさで、フルーツが入っていれば、この値段も納得出来る。
身体が冷え切ったところで店を出た。

天文館を後にして、桜島を眺めなかわら錦江湾を北へドライブ。
まずは、ザビエルの上陸地の銅像を車窓から見る。
フランシスコ・ザビエルは、初めは鹿児島に着いたのだ。
その後、豊後の大友宗麟を頼った事を知った。
そう言えば、大分駅の前には、大友宗麟の銅像もあったなあ。


その後、目的地の磯庭園に着いて、両棒餅(ジャンボ餅)を食べた。

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名前の由来は、餅に二本の串が刺さっているから「両棒」と言うらしい。
ここ磯庭園から見える桜島が一番美しいと云われている。
この日は天気も良く、納得の眺めだった。

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そして、庭園内の工芸館で薩摩切子を見る。
まるで、社会科見学である。

最後に、山の上にある磯山の遊園地に登った。
午後遅くなったせいもあるが人も少なく、何だか遊園地は寂れていた感じがした。
何か乗り物もあった様な気がするが、覚えていない。


さあ、暗くなって来た。
吉見さんの実家へ戻ろう。

お母さんが夕食を作って待っている。


ーつづくー