スティック ~1985年2月その3~
新型コロナのため家にいる時間が多くなった。
やることも無いので部屋の整理をしていると・・・
昔の手帳が出てきた。
1985年から2010年まで。
あの頃はスマホどころか、ガラケーも無い時代で、予定は手書きで手帳に書いていたのだ。
2010年以降はきっと携帯に予定を打ち込んだためにないのであろう。
さて、ちょっとだけ手帳のなかを覗いてみるか。
1985年、私は大学4年生だった。大学ではジャズ研究会、それと同時に新宿でバンド活動をしていたのだ。
この頃は新宿LのPLMと言うバンドに参加していた。
1985年 2月 5日 18:00~21:00 御苑スタジオ
新宿の音楽スタジオだ。
ん?あああ思い出した。時を戻そう。
機材の話が続いたので、ついでにスティックの話もしておこう。
スティックは種類が色々あるので、自分に合った物を決めるのが難しい。
太ければパワーが出るが、細かい音が出しづらい。
細ければ繊細だが、音が小さくなる。
このバランスが難しいのである。
同じ形でも、材質がヒッコリーかオークで違いがある。
先だけプラスチックになった物もある。
色んな物を試すしか方法が無いのである。
当時はパールかヤマハの2択だった。
輸入物のスティックは売ってなかったし、あっても高価で買えなかった。
スティックは消耗品なので、なるべく多く必要だった。
俺はパールのT☆Hさんのドラム教室に通っていたので、パール1択だった。
ここで買うと、パール製品を少し安く買えた。
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T☆Hモデルとポンタモデルとジェフポーカロモデルを買った。
T☆Hモデルは短くて先がコメ粒の様な形をしている。
ジャズにはよさそうだ。
ポンタモデルは長くて先が丸くなっている。
パワーが出そうだ。
ジェフポーカロモデルは両方の中間位の長さで、先は丸いがポンタより小さい。
最終的に選んだのは、ヒッコリーのジェフポーカロモデルだった。
ジェフポーカロは死んでしまったが、TOTOシャッフルを叩いた名ドラマーである。
俺は、大学時代にラリーカールトンのルーム335をコピーしたりしていたので、好きなドラマーの一人だ。
軽くて中間位の太さで使いやすい。
随分長い事、ジェフポーカロモデルのヒッコリー版使っていた。
軽くて使いやすいベストセラーモデルだ。
しかし、値段が高いのでジェフポーカロモデルのオーク版を使ってみた。
ヒッコリーは柔らかく、リムショットを使うとリムに当たる部分がボソボソになってくる。
だんだん細くなって折れるのだ。
オークは樫の木で硬い。
ヒッコリーの様にボソボソにならず、折れる時は一気に折れる。
ヒッコリーより重く感じるが、硬い感じがなかなか良かった。
叩いたあと皮から跳ね返って来るのである。
よし、こっちに変えてみるか。
この後は、ほとんどジェフポーカロモデルのオーク版を使っていた。
このスティックを使う理由はもう一つあった。
驚くほど安く手に入ったのだ。
俺は家から歩いて3分の所に、パールのポスターが貼ってある事務所みたいな所を発見した。
広さは12帖位で狭い。
こんな所に、なんでパールのポスターが貼ってあるのだろうか。
誰だか忘れたが、パールを使う白人ドラマーが腕を組んで笑っている。
それは、俺がよく行く銭湯の前にあった。
ずっと気になっていたが、店の前まで行っては中に入れずにいた。
ある日、思い切って中に入ってみた。
おじさんとおばさんの二人が出てきた。
聞けば、なんと楽器の卸し屋で、パールの代理店もやっているのだ。
小売りもしてくれると言う。
見ると棚の上に、ジェフポーカロモデルのオーク版スティックが、箱ごと何箱もあった。
俺は1ダース入りの箱ごとではなく、その中の何本かを売ってくれないかと交渉した。
すると、小売りに興味がないおじさんとおばさんは良いよ、と言うではないか。
値段も卸売り価格なので、楽器屋の半額だ。
俺は歓喜して、何箱かを開けて、テーブルの上でスティックを転がした。
反りが無い奴だけを選んで5セット買った。
月に1回は通っただろう。
俺が買った後の曲がったスティックが、楽器屋に卸されるのが気懸りだった。
そのうち、ドラムの皮も買い始めた。
皮はそんなに変えないが、スネア用の14インチはストックが必要だった。
友人の分の注文も受けて、買いに行った。
それが、何年か続いた。
しかし、ある日おばさんが「ゴメンネ」と俺に謝った。
閉店すると言うのだ。
俺はショックだった。
店の外から覗いては引き返した日が悔やまれる。
もっと早く店に入るべきだった。
俺に安く売りすぎたせいも少しはあるかもしれない。
他の人にも同じだったんだろうな。
おじさん、おばさん、人が良すぎるよ。
ーつづくー