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酒飲み親父の自分史 「昔ロックしてた俺へ」

酒飲み親父が昔の手帳を見て半生を振り返るブログ

春の関西ツアー(神戸編) ~1991年5月その4~

絵画風 壁紙ポスター (はがせるシール式) 神戸ポートタワー ベイ ハーバー夜景 日本三大夜景 キャラクロ KOB-005A1 (A1版 830mm×585mm) 建築用壁紙+耐候性塗料

新型コロナのため家にいる時間が多くなった。
やることも無いので部屋の整理をしていると・・・

昔の手帳が出てきた。
1985年から2010年まで。

あの頃はスマホどころか、ガラケーも無い時代で、予定は手書きで手帳に書いていたのだ。
2010年以降はきっと携帯に予定を打ち込んだためにないのであろう。

さて、ちょっとだけ手帳のなかを覗いてみるか。

1991年、私は「伊太地山伝兵衛商会」と云うバンドに参加していた。

 

1991年
5月 6日 新宿サウンドハウス
5月 7日 平塚マハリク
5月 8日 豊橋バークレー
5月 9日 名古屋パラダイスカフェ
5月10日 神戸セカンドチャンス
5月11日 京都アザーサイド
5月12日 和歌山オールドタイム
5月13日 大阪ニコチャン堂
5月14日 ラジオ関西出演
5月15日 藤井寺バグース
5月16日 三重 転石舎
1回目の関西ツアーだね。
ん?あああ思い出した。時を戻そう。

名古屋から、翌日神戸へ。
前日は、名古屋のサウナに泊まったのだろうか。
記憶があいまいだ。

名神高速から阪神高速へ。
神戸方面に走ると甲子園球場の脇を過ぎる。
一瞬だが、左手に甲子園球場の絡まる蔦までよく見える。
さらに進むと、神戸が近くなった事を知らせてくれる目印がある。
右手の丘の上に高く聳え立つ建物が見えくるのだ。
新神戸のオリエンタルホテル(現在は、ANAクラウンプラザホテル神戸)である。

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このホテルが見えると、神戸に着いたんだと実感する。
88年に完成した37階建てのランドマークである。


生田川出口で阪神高速を下りると、すぐに三ノ宮だ。

まだ時間が早いので、南京町に行く事に。
横浜、長崎と並んで、南京町は日本三大中華街の一つに数えられている。
俺は南京町に行くのは初めてだった。

南京町と神戸華僑

南京町と神戸華僑

 

 三宮のアーケード街を元町方面に歩き、南京町の長安門に出た。
南京町商店街には、中華の食べ物屋やお土産屋が並んでいた。
店を覗き見しながら歩いて行くと、すぐに反対側の西安門へ。
えっ、もう終わりなの。
有名な南京町は、わずか200mくらいしかなかった。
横浜中華街を想像していたので、いささか拍子抜けである。
中華まんを食べて、あっという間に南京町の見物は終わった。


さて、今日のライブは三宮のセカンドチャンスだ。

三宮の北野坂を登りきった、中山手通のビルの二階にある、ライブが楽しめるバーだ。
ライブが終わると、パブタイムとなり、朝方まで営業していたと思う。

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伝兵衛商会は、神戸では人気があった。
神戸の人は、音楽や芸術が大好きだ。
そして、それを応援してくれる気質の人が多い。
この日は、立ち見が出るほどの客の入りだった。

ライブ後に、メンバー皆でカウンターで飲んでいると。
店長さんは、伝兵衛商会を気に入り「何時来ても飲み代はいらないよ」と言った。
この言葉を真に受けた俺とベースの吉見さんは、神戸に行く度に飲みに行った。

セカンドチャンスを出ると、ハシゴ酒だ。
知り合いのやっている店に顔を出す。
駅近くの小さな店、ロクツボヤには、よく行ったものだ。
そして最後は、神戸で欠かせないネギ焼きだ。

北野坂の途中にある夜中までやっている店には、必ずと言っていいほど食べに行った。
お好み焼きよりも薄く、飲んだ後のシメには最適なのである。


神戸は、宿泊先が有ったので、伝兵衛商会メンバー全員で朝方まで飲んたものだった。
飲み屋の主人にもファンが多く、飲む店にも困らなかったのである。


この日は、知り合いのクラリネット奏者の家に泊まったと思う。


ーつづくー