或る日の新宿L ~1985年5月 その1~
新型コロナのため家にいる時間が多くなった。
やることも無いので部屋の整理をしていると・・・
昔の手帳が出てきた。
1985年から2010年まで。
あの頃はスマホどころか、ガラケーも無い時代で、予定は手書きで手帳に書いていたのだ。
2010年以降はきっと携帯に予定を打ち込んだためにないのであろう。
さて、ちょっとだけ手帳のなかを覗いてみるか。
1985年、私は大学を卒業、就職、それと同時に新宿でバンド活動をしていたのだ。
この頃は新宿LのPLMと言うバンドに参加していた。
1985年 5月11日 04:00~ 新宿L練習
5月12日 04:00~ 新宿L練習
夜中に練習していると、見たことのない奴が楽屋で寝ている。
ん?あああ思い出した。時を戻そう。
5月11日朝4:00、閉店とともに機材をステージ上にセッティングする。
いつものようにバンド練習が始まる。
ここ新宿Lには店が終わっても飲み続ける常連がいた。
金の無いバンドマンは他に行く所が無いのだ。
俺がキープしているサントリーホワイトは、誰かに飲まれていつのまにか減っていた。
この日も閉店後にもかかわらず、カウンターで何人か飲んでいた。
だが、今日は誰かが楽屋の汚い床で倒れている。
見たこともない若者が、うつ伏せで泥酔していたのだ。
我々の知り合いではない。
誰だこいつ。
連れもなく一人の様だ。
誰だ。
誰だ。
軽く蹴ってみる。
反応が無い。
まあいいか。
放っておいて練習を続けた。
2時間が過ぎた。
じゃ今日は終わりにしよう。
バンド練習を終え、機材を片付けて6:00になった。
反省会という名の飲み会が始まる。
我々はホール中央の円卓に陣取った。
俺のキープボトルのサントリーホワイトを飲む。
少し遠くに、楽屋が見える。
新宿Lの楽屋はステージの上手にあり、ドアが開いていると中が見えた。
すると、何かが動いた。
楽屋で泥酔して倒れていた若者が立ち上がったのだ。
フラフラしながら近寄って来る。
上は白いボタンダウンシャツ、下は黒のジーンズだ。
やはり見た事にない奴だ。
馴れ馴れしく、一緒に飲ませてくれないかと言う。
彼はかなり酔っていた。
君たちの演奏最高だったよ。と拍手する。
ご機嫌さんだ。
もう彼は我々の反省会の輪の中に入っていた。
???
僕はOYです。と彼は名乗った。
「15の夜」がヒットしたOYだったのだ。
しかし、なぜいつから楽屋で倒れていたのか解らない。
2時間前、俺は起きない彼を足で、小突いていた。
申し訳ない、早く言ってよ。
飲み始めると、彼は完全に復活した。
陽気で饒舌だった。
デビューの話や今の自分の話など、聞きもしない事をべらべら喋る。
君達にバックバンドをやって欲しい、と、社交辞令も飛び出した。
反省会がお開きになると、フラフラしながら手を降って帰っていった。
我々は円卓から、階段を昇ってゆく彼を見送った。
さて、俺達も帰るとするか。
5月12日朝4:00、閉店とともに機材をステージ上にセッティングする。
今日は2日連続でバンド練習だ。
すると。
彼はまた一人でやって来た。
酔っぱらってニコニコしながら。
練習が終わると、彼は今日も飲み会に加わった。
まるで昨日の続きを見ている様だった。
明るくなってから彼は帰っていった。
それきり彼には会っていない。
ーつづくー